火曜の朝、役員向けの説明資料をAIに一気に書かせて提出した。誤字はなく、論理も破綻していない。それでも上司から返ってきたのは「これ、AIっぽいよね」の一言だけだった。どこがどう悪いのか具体的な指摘はなく、直しようがない。
flowchart TD
A[AIが下書き] --> B{検品するか}
B -->|しない| C[そのまま提出]
C --> D[AIっぽいと言われる]
B -->|する| E[自分の言葉で書き直す]
見た目が整っているほど「AIっぽい」と言われる皮肉#
「AIっぽい」は文章の巧拙の話に見えて、実は違う。段落の長さが揃いすぎている、見出しごとの重みが均一で強弱がない、固有の数字や具体例より一般論が並んでいる——読み手が引っかかるのはこの3つのどれかだ。
書いた本人は気づきにくい。AIが出した文章は文法として正しく、むしろ人間が急いで書いた資料より整っている場合すらある。だから「文章力を鍛えれば直る」と思い込みやすい。実際には、穴は別の場所にある。
原因は文章力ではなく、素通しさせる工程の抜けだ#
技術者向けの記事共有サイトQiitaに投稿された「AIを使っても『自分の文章』に仕上げるためにやっていること」は、はてなブックマークを370件超集めた(出典: 同記事のはてなブックマークページ)。過去の自分のアウトプット400記事分の学習からスライドの自作テンプレートまで、5つの実践が挙げられているが、これは私の見立てで、核はどれも同じ1点に収束する。AIの全体出力を最終稿ではなく下書きとして扱い、自分の言葉で書き直すという工程だ。他の4つは、この1点を守るための補助にすぎない。
課長がAIっぽいと指摘されて自分の文章力を疑うのは、原因を個人の能力の問題に付け替えている。壊れているのは能力ではなく工程で、AIが出した文章を検品なしで素通しさせる一段が抜けている。
私も客先向けの資料をAIに一気に作らせて痛い目を見たことがある。翌日出てきた初版は、的外れな内容ばかりのゴミだった。スライドごとに言うべき内容とロジックの展開を自分で書いて渡し直した。AIとの壁打ちを経て出てきた資料は、若干の手直しでクライアントの定例ミーティングに出せる精度になった。正直、そこまで指示を書くなら自分で書いた方が早いのではという迷いも湧いた。それでも、AIの出力を最終稿として受け取らなかったからこそ、通せる資料になった。
生成の前段——この資料で何を決めるかを1文で固めてからAIに渡す設計は、役員説明で差し戻される前に、パワーポイントは決定文から作るに書いた。今回の話はその後工程、AIが出してきたものをどう受け取るかの工程だ。
「下書き扱い」にする、という一つのルールを運用する#
実践するルールは1つでいい。AIに全文を書かせず、見出し構成か各見出し数行の要約までに留める。そこから先の本文は、自分の言葉で書き直す。
1. AIには見出し構成と、各見出し3〜5行の要約までしか書かせない
2. その要約を土台に、本文は自分の言葉で書き直す
3. 書き直した後にAIへ戻し、事実確認と数字の裏取りだけさせる(文章は書かせない)役員説明資料や部下への配布資料のように、自分の名前が出て責任が問われる文書ほど、この境界を崩さない方がいい。
この書き直しは地味に時間を食う。案件を掛け持ちしていると、頭を切り替えて自分の言葉に戻す作業自体が複数案件の同時進行で消耗する正体は『コンテキストスイッチ』の再起動コストだで書いたコストに乗る。だからこそ、全文をAIに任せて後で丸ごと直すより、要約段階で一度止めて手を入れる回数を減らしたほうが安い。
時間が無いときは、通知の一文だけ自分で書く#
すべての資料に同じ手間はかけられない。社内向けの軽い連絡やメモ程度まで書き直すと、それは査定にも乗らない断れない人ほど非評価労働を抱え込む——評価軸へ押し戻す3つの一手と同じ非評価労働になる。
時間が無いなら、書き直すのは結論の一文だけでいい。残りはAIの出力のまま出し、「AI下書きです、要点だけ確認済みです」と一言添えて期待値を下げておく。それだけで、後から「AIっぽい」と言われても驚かれずに済む。
まとめ:AIっぽさは、通す工程の抜けの跡だ#
「AIっぽい」という指摘は、工程の抜けを示す跡にすぎない。下書き扱いにして自分の言葉で通すという一段を挟むかどうかが、資料の信頼を分ける。
本記事は AI が下書きし、管理人が監修しています。
査定に載らない組織仕事を振られたその日に、そのまま出せる定型文が3通ある。
→ 期待値コントロール定型文集(抜粋版)続きはタイムラインに置いていく。
