評価面談であなたが部下の提案書を開いた瞬間、去年より明らかに仕上がりが良くなっていることに気づく。誤字はなく、構成も破綻がなく、図表まで整っている。だが、それがどこまで本人の実力かは、この一枚だけでは判断できない。
flowchart TD
A[完成度で判定] --> B[AIが底上げ]
B --> C[物差し失効]
C --> D[指示と修正を問う]
部下の資料が仕上がるほど、評価の物差しが崩れる#
AI活用の専門家である山本悠介氏は、あるインタビューでこう述べている。話し方・態度・知識量・学歴・資料作成能力は、これまで人の能力を判断する材料として使われてきた。だが、それらが得意でない人でもAIを使えば質の高い成果物を作れるため、従来の評価基準では人の能力を判断できなくなっている、と。
私にも近い経験がある。コンサルの現場では、発注側が持ち込む提案依頼書自体がAIで書かれ、網羅性も緻密さも前年とは段違いになった。専門家の役割は、資料を「作る」側から「監査する」側へ移った。部下の評価でも、同じ移動が起きている。
完成度が測っていたのは実力ではなく、AIの介在量だった#
完成度は、これまで本人のスキルを推し量る代理指標として機能していた。だがAIが代理指標そのものを底上げする以上、完成度だけを見ても「本人が何を判断したか」は見えない。
私は以前、チームにAI活用を勧めたことがある。結果は逆で、アウトプットの質が下がった。原因は、AIが出す複数の候補から何を採用し何を捨てるかを判断する軸を、チームが持てていなかったことだった。判断基準がなければ、AIは使う人の実力差をむしろ広げる。
だからこそ、評価軸に「AIを使ったかどうか」を置くのは筋が違う。私が知る組織でも、評価軸は売上・育成・開拓・資産への貢献であり、AI活用それ自体は元から評価対象に入っていない。判断基準そのものを設計する力があったかどうかを見るしかない。部下がAIへの指示の出し方をどこまで持っているかも、この判断基準の裏返りとして測れる。
評価面談に挟む一問#
打つ手は、評価面談の質問を1つ増やすだけでいい。結果ではなく過程を聞く。
この資料について、AIに具体的に何を指示しましたか。
そのうえで、どこを自分の判断で直しましたか。回答は三つに分かれる。指示と修正点を具体的に言葉にできるなら、その部下は判断基準を持っている。「AIがやってくれました」で止まるなら、AIに思考を明け渡している状態にある可能性が高い。逆に指示も修正もほとんど無いのにAI依存を強く否定するなら、質問の意図が伝わっていないだけかもしれない。
この一問は面談全体を作り直す話ではない。既存の評価面談に差し込むだけで、燃料はほとんど増えない。
逃げの一手#
回答があいまいで判断がつかないときは、その場で白黒つけようとしない。1回の面談だけで結論を出すと、こちらの読み違いがそのまま評価に固定される。
次の資料でも同じ一問を聞き、2〜3回分の答えを並べてから判断する。1回の弱い回答は、まだ材料が足りないというだけの話にしておく。
まとめ:物差しは完成度から判断基準へ移った#
完成度で部下を測れた時代は終わった。査定面談で聞くべきは、AIに何を指示し、どこを自分の判断で直したかの一点だけだ。
参考#
本記事は AI が下書きし、管理人が監修しています。
査定に載らない組織仕事を振られたその日に、そのまま出せる定型文が3通ある。
→ 期待値コントロール定型文集(抜粋版)続きはタイムラインに置いていく。
